2児の年子をもつ新米数学者によるドタバタ育児日記

就職初年度で早くも2児の親になりました.予測不可能な人生って楽しいですね.

下の子かわいくない症候群(4)

前回(下の子かわいくない症候群(3))からの続き:

chisuke0831.hatenablog.com 

なぜ追い詰められていたのか,その理由を前回述べました.
今回は,上の子ではなく下の子にストレスを感じていた原因,そして妻とのやりとりを書き残しておきます.

 

保育園について

前回述べた研究者に特殊な事情と絡めて,保育園についても述べておきたい.
研究職を大学に求める場合,基本的には場所を選ばない.
そもそも研究者として働ける場所が少なく,定年退職などでポストが空かない限り求人が出ないためである.
そして求人がいつ出るのかは,出す大学側にしか分からない.
よって,世界中どこへでも行くことを覚悟して,常に就職活動に取り組む必要がある.

私の場合,大変な良縁に恵まれ,学位取得直前の2月に,現在の職場から内定をいただくことができた.
当然,引越しを余儀なくされた.
ところがこのとき,以前住んでいた地域の保育園への入園が確定していたのである.
現在の職場から内定をいただけなかった場合,母校でポスドクとして雇ってもらう手はずを整えていたため,保育園に入所希望を申請しておいたのである.

さて,現在の職場へ移るとなったとき,妻と子どもも揃って転居することを決めた.
もちろん,妻は離職を余儀なくされた.
そのうえ,この時点で転居先での保育園の新規入所申し込みは締め切られており,一年間の自宅保育が確定したのである.
そして,妻の離職は,保育園に入所申請するための得点が大幅に削られることを意味する.
「保活」という言葉をご存知の方はお察しの通り,保育園の利用が絶望的となった.

そしてこのタイミングで第二子妊娠が発覚.
妻としては,二人目が産まれるまでは児童館などを活用して,保育園は利用しない方針で育児に取り組みたいとのことだった.

二人目が産まれてからは,上の子を一時利用で保育所に預けると決めた.
保育所の一時利用制度は,得点に関係なく週に最大3日間預けられることが分かっていたためである.
3日間あれば,これまでよりも仕事の時間が確保できる.
妻にとっても,慣れない土地ではあるけれど,リフレッシュする時間ができる.

こうした期待を胸に,我々夫婦は二人目が産まれた11月までを何とか乗り切った.
予定通り,一時利用制度を申請した.
ところが現実は,我々夫婦に対して厳しかった.
実際に上の子を保育所に預けられたのは,月に3日分のみである.

 

下の子を可愛く見えなかった理由

研究が全くもって進まないことに対する焦り,それに由来する将来への不安,仕事ができる環境ではないにも関わらずやらなければならないタスクがある切迫感,身内や話し相手がいない環境にいる悲しさ,我々の現状を理解(できるはずなのに)してくれない人への憤り.
上の子は,下の子を

「かーいい!かーいい!(訳:なにやだ,赤ちゃんかわいい!すごくすき!)」

と言いながら頭を撫でたりチューをしたりと大変愛でているその一方で,私の大人気無さ,ひとでなしさ,情けなさへの失望と幻滅.
色々な感情の渦に飲み込まれ,私は下の子に対する愛情の抱き方を見失っていた.
今思えば単純に,子どもは愛したいのに,育児までは愛せなかったからかもしれない.

もう一つ思っていたことがある.
それは,下の子の振る舞いに対する怒りである.
妻が毎日身を粉にして育児に取り組んでくれているのに,下の子はそれを全て無下にしていると感じてしまったのである.
誰にも頼ることができない環境で,子ども二人を家で見なければならない.
本当は上の子だけで一杯一杯であるはずなのに,普段は気丈に振る舞う妻.
そんな妻が二人目の育児で精神をすり減らして滅入っている姿を見たとき,私は下の子に対して

「何で妻をこんなにも痛めつけるんだ.許せない.こっちは二人精一杯やってるのに.毎日生活するだけでもギリギリなのに.泣くだけ泣いて後は寝るだけか.」

と思ってしまったのである.
赤ちゃんは泣いて寝るのが当たり前なのにも関わらずだ.
そうして負の感情が態度として現れ,「下の子がかわいくない」という心境に至ってしまった.

 

妻に打ち明けた後

以上のことを全て正直に妻へ打ち明けた.
妻は静かに私の話に耳を傾け,そして,

「あなたは本当によく頑張ってくれている.いつも感謝している.」

と言ってくれた.
この一言に本当に救われた.

その日以来,下の子を抱っこしながら話しかける時間を作ることにした.
最初は顔を見るだけで嫌悪感に近い感情を抱いてしまっていたのだが,不意に起きた生理的微笑を目にしたとき,ほんの少しだけ可愛く見えたことを強烈に覚えている.
今では,十分愛おしく思えるようになった.

私にとっての処方箋は,育児を共にする妻へ,正直に自分自身の感情を曝け出すことだった.
おかげで冷静になることができ,育児や今後について夫婦で話し合いをしてみると,結局のところ現状を打破するには,

「下の子が夜泣きしないようになるまで待つ,そして上の子を何かしらの方法で保育所に通所させないことには解決しない」

という結論に至った.
そうなると開き直ることができ,研究はそっちのけで育児に専念してやろうという気になる.

「まぁなんとかなるさ,どうせ何とかするんだから.逆境バッチコイ.」

という精神である.

長々と書いてしまったが,これで下の子かわいくない症候群に関する記事を終える.
誰の目に止まるかも分からないが,もし同じような境遇の方がいれば,育児に関して十分に取り組めていないこと,そして人として全く未熟であることが真の原因であることを棚に置き,環境と子どものせいにして現実逃避していた私を,是非反面教師にしていただきたい.
私も過去の自分を反面教師にし,子どもと共に成長しながら,そして妻への感謝を忘れずに,全力で育児に取り組む所存である.